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会長からのメッセージ(24)
ネパールに思うこと
 近頃の新聞は連日ネパールの紛争を報じています。表面は国王の直接統治に反対する市民との争いですが、これによりマオイスト(共産党毛沢東派)と政府軍とが農村地帯で内戦状態になっている状況のほうが深刻だと思います。カトマンズでは外出禁止状態で、日本外務省も今月半ばに「渡航延期勧告」を出しています。愛するあのネパールがこんな状態から早く脱して欲しいものです。
 ネパールといえば故渡辺桂さんの名が浮かびます。ネパキチ(ネパール狂)を自称していた渡辺さんは、「山林」の連載にネパールへ寄せる思いを何回も書かれています。この連載を中心に「春の岬」という本をまとめこれが絶筆となりました。この中にはケニアでの私のことも書かれています。卒業後に知りましたが渡辺さんとは教養学部の同期生だったとのことで、ゆっくりと自分の思うことに向かっていった末のネパキチでした。ネパキチは自ら信ずる「村落林業」を愛するネパールで計画し実行しました。
 ネパール経験が一回きりの私が愛するネパールなどといっては、渡辺桂さんに恥ずかしい限りですが、今もネパールという活字には必ず目が行きます。私が初めてネパールに関心をもったのは、1956年の槇有恒隊長率いる日本隊のマナスル(8047m)初登頂です。その時の記録映画は、カトマンズのヒンズー教や仏教の色彩豊かな建造物やヒマラヤ山地の幾つもの集落の入り口にはためくチベット仏教の幟(のぼり)旗など、マナスルに至るまでの画面は今も目に残っています。そして純白のマナスルはまさに「神々の山」でした。
 1996年11月AICAFの依頼で、主にカトマンズとポカラに滞在したときの写真を掲載します。その頃は西部の山岳地帯の一部にマオイストの動きがあるという話を小耳にはさんだ程度でした。貧ながら心豊かなネパールに平穏な生活が戻ることを願っています。


2006年4月 小林 富士雄



カトマンズ ダルベール(王宮広場)で


王宮広場 シバの化身(=閻魔大王)


カトマンズ モンキー寺院

ポカラの郊外 日本の農村そっくり


カトマンズ・ポカラ間 山岳地形の耕作


カトマンズ・ポカラ間 農村住宅


機上から見たマナスル(8047m)


ポカラのシンボル マチャプチャレ(6993m)



会長からのメッセージ  バックナンバー 
(1)会員あっての山林会
(2)木材輸入は水輸入
(3)これからの経営問題への取り組み
(4)現地研修会を顧みて
(5)大日本山林会第21回総会記念写真集
(6)木の神社
(7)岸本定吉先生を偲ぶ
(8)アメリカの森林問題と政治家と
(9)全国植樹祭と宮崎のスギ
(10)山林会平成16年度通常総会終わる
(11)ゆく半年、くる半年―山林会創立記念事業に思いを新たに―
(12)熊剥ぎ被害をテープ巻きで予防
(13)歴史に学ぶ
(14)北海道現地研修会を顧みて
(15)早生樹の話―その1 中国の暖帯系ポプラ―
(16)伊勢神宮新穀感謝祭に参加して
(17)津波と海岸林
(18)吉野林業見聞記
(19)旧閑谷学校の楷樹
(20)早生樹の話―その2 ベトナムのアカシア―
(21)観光資源としての木
(22)岡山・鳥取現地研修会
(23)森林総合研究所の百周年記念行事に参加して