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会長からのメッセージ(7)
岸本定吉先生を偲ぶ
 岸本定吉(きしもとさだきち)先生は平成15年11月15日逝去されました。享年95でした。「炭の岸本」として余りにも高名で、私など専門違いのせいもあって、遠くから仰ぎ見る方でした。亡くなられる半年ほど前にお会いする機会に恵まれ、その時の強い印象はいまも心に刻まれています。
 実は「山林」の連載「昭和林業逸史」の原稿をお願いすべく昨年6月に三鷹のご自宅に伺いました。殆ど面識ない私に同行してくれた岸本先生の「教え子第一号」廣居忠量氏(前森林総研所長)のお陰で比較的楽な気持ちで先生に接することができたのは幸いでした。
 原稿依頼の趣旨は、木炭は大戦前後枯渇していたエネルギ−資源
として家庭用だけでなく産業用 としても重要であり、木炭増産のための研究や施策に関わる回顧談を書いて頂くつもりでした。趣旨をお話すると先生は、一旦頷き私にとって意外な話を始めました。それによると、大学卒業直後に就職した水戸営林署に新設された小塚製炭試験地担任を命ぜられ、国有林の技術者に製炭の研修をすることが主務になり、これが炭と関わった端緒になったという。それまで炭の門外漢であったのに、三浦伊八郎教授(林産学)の弟子だから炭を知っているはずだと言われたと先生は苦笑された。
 大戦後先生は希望して林業試験場に移り、それから木炭研究に精進され、木炭研究に一時代を画すことになるのですが、実はここまで聞き出すのに大変な苦労をしたのです。というのは古い話の途中で、話題はいつのまにか炭利用の将来にとんでおり、いかに炭が有用であるか、その無限の可能性を先生は情熱こめて説くのです。先生の関心事は未来だけであって、過去には全くというほどとらわれていないのです。そのため、「ところで、先生」と何遍も古い話に引き戻そうと試みたが無駄でした。お話の内容は貴重なので、廣居さんには、その時の取材をつなぎ合わせ原稿を書いてくれるようお願いをしています。
 先日2月16日先生を偲ぶ会が茗渓会館で催されました。木炭関係者のみならず多彩な人々が集まり、70余年の生涯を炭一筋に捧げた先生の業績と人柄を讃えました。その折の写真と略歴・主著をここに掲載し、先生のご冥福をお祈りいたします。

                        2004年2月 小林富士雄



略   歴
明治41年6月13日生
昭和10年
昭和10年
昭和12年
昭和13〜18年
昭和18年
昭和21年
昭和24年
昭和25年
昭和38年
昭和39年
昭和47年

東京帝国大学農学部林学科卒業
水戸営林署嘱託
同技手
従軍(主として中国戦線)
富岡営林署長
林業試験場勤務
同林産化学部木炭研究室長
同林産科学部林産製造科長
東京教育大学
同教授
同退職
日本木炭新用途開発協議会会長、日本炭焼きの会会長等を歴任
平成15年11月15日没


主な著書

日曜炭やき師入門(杉浦共著)
森林エネルギ−を考える
1976 中央公論事業出版
1980 総合科学出版
1981 創文
1998 創森社

なお、小学5年国語教科書(教育出版;ひろがる言葉)には岸本定吉「森を育てる炭作り」が載っています。


会長からのメッセージ  バックナンバー 
(1)会員あっての山林会
(2)木材輸入は水輸入
(3)これからの経営問題への取り組み
(4)現地研修会を顧みて
(5)大日本山林会第21回総会記念写真集
(6)木の神社