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会長からのメッセージ(2)
没後100年 田中芳男―日本の博物館を築いた男―
 2016年8月30日から9月25日まで、国立科学博物館(上野公園)において、標記の企画展が開催されています。田中芳男は「博物館」という語句の生みの親として知られています。
 田中芳男は明治から大正時代の博物・物産学者で、ビワ、リンゴなどの農産物の普及・開発に大きな貢献をしました。また、1867年、幕府からパリ万博への出張を命じられ、その後、明治政府になってからも、1873年ウィーン万博、1876年フィラデルフィア万博と、立て続けに海外に赴き、常に日本側の責任者として働きました。この経験を活かし、第1回から第4回までの、上野公園あるいは京都・岡崎公園における内国博覧会の中心人物としても活躍しました。
 田中芳男は希代のコレクターで、「博覧会男・展覧会男」の異名にぴったりの人物でした。日本国内や外国旅行において、手に入るものは何でも集め、すべて捨てずに、整理して、スクラップ帖を作成しました。『捃拾帖(くんしゅうちょう)』というシリーズだけでも98冊。その他の6,000冊の蔵書とともに、東京大学総合図書館に、一括保存されています。明治・大正期の殖産資料としては膨大なもので、今後ますます、多くの研究者に利用されていくでしょう。
田中 芳男
(出典:『田中芳男君七六
展覧会記念誌』より引用
 田中芳男は大日本山林会の幹事長(後の会長)を20年以上にわたって務めており、山林会にとっても大変縁の深い人です。幹事長在職中に喜寿(77歳)を迎えることになり、そのお祝いの会を企画したところ、祝賀会よりも展覧会を、という本人らしい希望が出て、76歳の時に、「田中芳男君七六展覧会」が、赤坂の地で開催されました。この展覧会の様子を、山林会では、『田中芳男君七六展覧会記念誌』として刊行しています(1912年)。この本に載っている肖像写真が、今回の、国立科学博物館における企画展でも使われています。
 8月29日に内覧会があり、胸像除幕式に参列してきました。胸像の隣にある肖像画は中原悌二郎の油絵です。彫刻家として有名な中原には、多くの彫刻がありますが、絵は大変珍しく、博物学・植物学に興味がない人でも、この絵は、一見の価値があります。
 ぜひ、見に行ってみて下さい。65歳以上、入場無料。


平成28年9月   田中 潔



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(3)雪ありて十日町 雪の研究100年
  ―森林総合研究所十日町試験地 創立100周年記念―

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