2007年1月29日
小林 富士雄
御神渡り(おみわたり)という言葉は絶えて久しく見なくなったような気がします。ところが昨年、米国ニューメキシコ大学に事務局をおくITER(Long-term Ecological Research Network)から送られてくるニュースレター に懐かしいOmiwatariという字が載り、目をひきつけられました。御神渡りを諏訪大社が1452年以降記録してきたという記事です。御神渡りは、諏訪湖の湖面が全面結氷し次第に氷の厚さが増し、昼夜の温度差のため収縮膨張の末に大音響とともに裂氷して盛りあがる現象です。諏訪大社の上社の男神が下社の女神に通った道筋であるとされ、また豊凶を占う一種の神事として古くから詳細に記録されてきました。御神渡りだけでなく結氷や生物気象なども記録されているとのことです。
信州で育った私にとって、子供の頃、寒さが厳しい時期になると諏訪湖の御神渡りのことは頻繁に耳にし、また近親者から御神渡り拝観の神事に参加した話を聞いたこともあります。実際、昔の冬は寒かったというのが実感です。小学校生活を過ごした昭和10年代は溜池の氷上で体育教科のスケートをしたものです。当然氷は10cm以上あったでしょう。ところが近年は御神渡りどころか、真冬の諏訪湖にさざ波が立っているのに驚いた経験もあるほど、御神渡りは暫く耳にしなくなりました。。
冒頭に触れたITERは生態的な長期変動に関する研究情報の蒐集分析を目的に米国ニューメキシコ大学に事務局をおいているネットワークです。この組織がOmiwatariを記事にした経緯は知りませんが、J.Magnusonという研究者が諏訪大社を訪れ、聞き取りしたとあります。これによると、1800年初期・中期までは結氷日は年変動大きいが一定の傾向ない一方、1897年以降ははっきりしており100年間に20日遅くなり、最近は全く結氷しない年が増えてきたとあります。
このように結氷日が100年以上前から遅くなっていることは、温暖化傾向は一世紀前まで遡ることになるのでしょうか。ところがインターネットのHPを覗くと、幸い(というか)最近ここ3年続けて御神渡りがおきています。これは短期の年変動かと思われますが、つい“幸い”と口走ってしまうほど懐かしい思いをしました。それはさておき、このような気象の長期記録が神事として残されてきたのは注目されます。宗教行事であるからこそ長期記録が可能であったのかもしれません。伊勢神宮式年遷宮という大行事が20年間隔で西暦690年から今に至るも続いていることと思いあわせ、神事の今日的意義というようなことを考えた次第です。
2007年1月 小林 富士雄